FCEV向けバイポーラプレートの技術的課題とブレークスルー:材料選定、流路設計、製造プロセス最適化
はじめに:燃料電池スタックにおけるバイポーラプレートの役割
燃料電池、特に固体高分子形燃料電池(PEMFC)スタックの性能、コスト、サイズ、耐久性を決定する上で、バイポーラプレート(Bipolar Plate, BPP)は極めて重要なコンポーネントです。バイポーラプレートは、単セルを電気的に直列に接続し、反応ガス(燃料極への水素、空気極への酸素)の供給と生成物(水、熱)の排出を担う流路を提供し、さらにスタックから発生する熱を除去するという多岐にわたる機能を持ちます。
バイポーラプレートに求められる主要な特性は以下の通りです。
- 高い電気伝導性:セル間の電気的な接続を効率良く行うため。
- 高い熱伝導性:スタック内の熱を均一に分散・除去するため。
- 高い耐食性:燃料電池の運転環境(酸性、湿潤、電位)に耐えるため。
- ガス不透過性:反応ガスが漏洩・混合しないようにするため。
- 十分な機械的強度:スタックの積層圧に耐えるため。
- 軽量・薄型化:スタックの出力密度向上とシステム全体の軽量化のため。
- 低コスト製造性:燃料電池システム普及のためのコスト目標達成のため。
これらの要求性能は時にトレードオフの関係にあり、材料選定、流路設計、製造プロセスの最適化が技術開発の核となります。本稿では、FCEVシステムに適用されるPEMFC用バイポーラプレートに焦点を当て、主要な技術的課題と、それを克服するための最新のブレークスルーについて詳述します。
バイポーラプレートの主要な材料と技術的課題
バイポーラプレートの材料は主にグラファイト系と金属系に大別されます。それぞれに特徴があり、技術的課題と開発アプローチが異なります。
1. グラファイト系バイポーラプレート
従来の燃料電池に多く用いられてきた材料です。高密度グラファイトや、樹脂とグラファイト粉末を混合した複合材料などがあります。
- メリット:
- 優れた耐食性:燃料電池環境下での安定性が高い。
- 比較的高い熱伝導性。
- 技術的課題:
- 脆性:機械的強度が低く、薄型化や複雑な形状の実現が難しい。
- ガス不透過性の確保:緻密化が必要。
- 製造コストと製造速度:加工に時間がかかり、量産性に課題がある。
- 体積と重量:金属系に比べて厚みがあり、かさばる傾向にある。
複合材料化は、グラファイトの脆性を改善し、成形性や量産性を向上させるアプローチですが、フィラー(グラファイト粉末など)の充填率と樹脂バインダーの選定が、導電性、機械強度、コストのバランスを決定する上で重要となります。
2. 金属系バイポーラプレート
FCEVのようなモビリティ用途では、高出力密度と量産性から金属製バイポーラプレートが主流になりつつあります。主にステンレス鋼(SUS)、チタン(Ti)、アルミニウム(Al)などが検討されています。
- メリット:
- 高い機械的強度:薄肉化が可能で、スタックの体積・重量を削減できる。
- 高い電気伝導性・熱伝導性。
- 優れた量産性:プレス成形など高速な製造プロセスが適用可能。
- 技術的課題:
- 耐食性:燃料電池の酸性環境下で腐食し、金属イオンが溶出して膜や触媒を劣化させる可能性がある。これにより、バイポーラプレート表面に酸化皮膜が形成され、電気伝導性(特に接触抵抗)が低下する。
- 不動態皮膜の電気伝導性:金属表面に自然に形成される保護皮膜(不動態皮膜)は耐食性向上に寄与する一方、電気伝導性が低い場合が多い。
- 水素脆化:高圧水素環境下で材料強度が低下するリスク。
金属製バイポーラプレートの課題克服に向けたブレークスルー
金属製バイポーラプレートの技術開発は、上記の耐食性と接触抵抗の課題を克服することに集約されます。これに対しては、主に表面処理技術が用いられています。
表面処理技術
金属表面に導電性・耐食性に優れた薄膜を形成することで、金属の持つ機械的強度・導電性と、グラファイトに匹敵する耐食性を両立させようとするアプローチです。
- 貴金属めっき: 金(Au)、白金(Pt)、ルテニウム(Ru)などの貴金属をめっきする方法。非常に高い耐食性と低接触抵抗を実現できますが、コストが非常に高いことが最大の課題です。貴金属使用量の極小化や部分的なめっきなど、コスト削減技術が研究されています。
- 炭素系コーティング: DLC(Diamond-Like Carbon)、グラファイト、窒化炭素などの炭素系材料をコーティングする方法。耐食性、導電性、成膜の容易さから有望視されています。PVD(物理蒸着)、CVD(化学蒸着)などの手法が用いられます。課題は、コーティング膜の密着性、ピンホール発生による腐食起点、そして膜自体の耐久性です。
- 窒化処理: 金属表面を窒化して保護膜を形成する方法。比較的安価ですが、形成される窒化物の種類によっては導電性が低い場合があります。
- 導電性ポリマーコーティング: 導電性高分子を用いたコーティング。軽量かつ成膜しやすいですが、導電性や耐久性に課題が残ります。
これらの表面処理技術は、ターゲットとする性能(耐食性、接触抵抗、機械強度、コスト)に応じて材料と成膜プロセスが選択・最適化されます。特に、極薄の金属シート(例えば100μm以下)に均一かつ欠陥なく機能性コーティングを施す技術は、製造プロセスにおける重要なブレークスルーとなります。連続的なロール・ツー・ロール方式でのコーティング技術開発なども進められています。
高性能化に向けた流路設計の最適化
バイポーラプレートの流路設計は、セル全体への反応ガス供給の均一性、生成水の効率的な排出、そしてスタック内の温度管理に直接影響します。適切な流路設計は、燃料電池の発電性能(特に大電流密度域での性能)と耐久性を大きく向上させます。
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主要な流路パターン:
- パラレル型: シンプルな構造で圧力損失が低い。しかし、ガス分布の均一性に課題があり、セル面積が大きくなると不利になる場合がある。
- サーペンタイン型: ガスが蛇行して流れるため、ガス分布が均一になりやすく、生成水の排出性も高い。ただし、圧力損失が大きくなる傾向がある。
- インターデジタル型: 燃料極・空気極の流路が交互に配置され、ガスが拡散層内を強制的に流れる構造。物質輸送抵抗が低く、高い電流密度での性能に有利ですが、圧力損失が最も大きくなります。
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最適化アプローチ:
- 数値シミュレーション: CFD(計算流体力学)解析を用いて、流路内のガス流速分布、圧力分布、生成水の挙動(液滴の形成・移動)、熱伝導などを詳細に解析します。これにより、様々な流路パターンや寸法(流路幅、深さ、リブ幅)の影響を評価し、性能への影響を予測します。
- トポロジー最適化: 計算により最適な流路形状を自動的に探索するアプローチも研究されています。
- マイクロ流路構造: リブと流路の幅を数十から数百マイクロメートルオーダーにすることで、物質輸送抵抗を低減し、生成水の排出性を向上させる試みも行われています。しかし、微細加工技術のコストや難易度が課題となります。
最近では、単にガス流量や圧力損失だけでなく、生成水の挙動(フラッディング抑制)、電流密度分布の均一性、そしてスタック全体の温度分布も考慮した多目的最適化が主流となっています。実運転環境下での性能劣化を予測し、それに強い流路設計を行うことも重要な視点です。
製造プロセスの最適化と品質管理
高性能なバイポーラプレートを大量かつ低コストで供給するには、効率的で高精度な製造プロセスの確立が不可欠です。
- 金属製バイポーラプレートの製造:
- プレス成形: 薄い金属シートに金型を用いて流路パターンを一度にプレス加工する手法。高速で高い生産性を実現できます。金型技術の精度が、流路形状の再現性や深さ、シートの板厚減少を最小限に抑える上で重要です。
- 接合: アノード側とカソード側のプレートを接合して一つのバイポーラプレートを形成します。レーザー溶接、抵抗溶接、拡散接合、ろう付けなどの技術が用いられます。高い気密性、電気伝導性、機械的強度を持つ接合部を、歪みなく高速に形成することが求められます。
- グラファイト/複合材料製バイポーラプレートの製造:
- 圧縮成形/射出成形: グラファイト粉末と樹脂バインダーの混合物を成形する方法。複雑な形状も比較的容易に成形できますが、成形時間や金型コストが課題となる場合があります。
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表面処理プロセス: 前述の各種コーティングプロセス(めっき、PVD、CVDなど)の安定性と均一性確保が重要です。ロール・ツー・ロールなどの連続プロセス化により、生産性の向上とコスト削減を目指しています。
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品質管理: 製造されたバイポーラプレートに対しては、寸法精度、流路形状、表面粗さ、コーティング膜厚・均一性、ガス不透過性、接触抵抗、耐食性などの検査が行われます。非破壊検査技術や、製造プロセス中のインライン検査技術の導入により、品質のバラつきを抑制し、不良品の流出を防ぐことが重要です。特に、金属製プレートの接合部の品質保証は信頼性確保において重要なポイントとなります。
まとめと今後の展望
FCEVにおけるバイポーラプレート技術は、材料開発、流路設計、製造プロセスの各側面で進化を続けています。金属製バイポーラプレートは、その薄型・軽量化、量産性からFCEVへの適用が進んでいますが、耐食性と接触抵抗の課題克服に向けた表面処理技術がブレークスルーの鍵となります。一方、グラファイト系も複合材化により性能向上とコストダウンが進んでおり、特定の用途での採用が考えられます。
今後の開発は、以下の方向性で進むと予想されます。
- コスト削減: 材料コスト(特に表面処理)、製造コストのさらなる低減が最大の課題です。安価で高性能な表面処理材料の開発や、高効率・高速な製造プロセスの確立が求められます。
- 耐久性向上: FCEVの長期使用に耐えうるバイポーラプレートの耐久性確保は必須です。特に、過酷な運転条件下(起動停止、負荷変動)での劣化メカニズムの理解を深め、劣化しにくい材料・構造・表面処理技術の開発が進められます。
- 性能最大化: 流路設計のさらなる最適化による発電性能向上に加え、スタック全体の熱マネジメントや水マネジメントとの連携を強化した設計アプローチが重要になります。
- 新材料・新構造: シリコンカーバイド(SiC)や新しい炭素材料、積層構造など、既存概念に囚われない新材料や構造の探求も継続されるでしょう。
- システムインテグレーション: バイポーラプレート単体の性能だけでなく、MEA、ガスケット、集電板などスタックの他のコンポーネントとの適合性や、スタック組み立てプロセス全体を考慮した設計・製造がより重要になります。
バイポーラプレート技術は、FCEVの高性能化、コストダウン、普及に不可欠な要素であり、これらの技術課題に対する継続的な研究開発が、水素モビリティの未来を切り拓く上で極めて重要であると言えます。